西暦・年号 月日 事   項
1974
昭和49年
1.15 端島 閉山
1.21 求人説明会開始
3.31 高島町端島支所、各施設閉所式及び、端島小学校、端島中学校閉校式。
4.17 高島町羽島支所、閉鎖。
4.19 21日迄東京電気大学阿久井、滋賀、研究生等が予備調査実施。長崎総合科学大学教授、片寄も。
4.20 野母商船定期便終了(社員による残務整理は続く)
7.11 31日迄東京電気大学阿久井、滋賀、研究生等が第1回本調査実施。
10.26 11/1迄東京電気大学久保田、実測写真撮影の補足調査実施。
12.- 第二堅坑櫓解体
1975
昭和50年
7.27 8/8迄東京電気大学阿久井、滋賀等、卒論専攻生、第2回本調査実施。
12.- 海上保安庁、「肥前端島灯台」設置。
1976
昭和51年
8.2 13日迄東京電気大学阿久井、滋賀、卒論専攻生等、第3回本調査実施。
1977
昭和52年
8.12 21日迄東京電気大学阿久井、滋賀、卒論専攻生等、第4回本調査実施。
1978
昭和53年
8.7 17日迄東京電気大学阿久井、滋賀、卒論専攻生等、第5回本調査実施。
1979
昭和54年
8.9 12日迄東京電気大学滋賀、卒論専攻生等、第6回本調査実施。
11.13 16日迄、NHK科学ドキュメント「風化する軍艦島」撮影に東京電気大阿久井等現地立会。12/10放映。
1980
昭和55年
8.4 11日迄東京電気大学阿久井、滋賀、卒論専攻生等、第7回本調査実施。
1981
昭和56年
8.3 8日迄東京電気大学阿久井、滋賀、卒論専攻生等、第8回本調査実施。
1982
昭和57年
8.7 10日迄東京電気大学滋賀、卒論専攻生等、第9回本調査実施。
1983
昭和58年
9.5 9日迄東京電気大学阿久井、卒論専攻生等、第10回本調査実施。
1984
昭和59年
7.29 端島砿閉山10周年記念式典開催(於:高島勤労福祉会館)。約330名の元端島住民、端島砿関係者が集う。
1991
平成3年
9.27 台風19号が長崎(佐世保付近上陸)を直撃。端島護岸3箇所が決壊。50号棟(映画館)倒壊。
1992
平成4年
-.- 国、県及び三菱社から予算を受け、高島町が護岸修復工事実施。コンクリートミキサー車2台を端島に渡して実施。
1994
平成6年
10.9 端島砿閉山20周年の集いが、野母崎町民センターで開かれ、約360名の元端島住民、端島砿関係者が集う。
1998
平成10年
12.- 「肥前端島灯台」改築。
1999
平成11年
6.6 端島砿閉山25周年記念祝賀会が、長崎市内のホテルで開催さる。
2001
平成13年
10.19 三菱マテリアル(株)所有の端島の不動産を総て高島町に寄贈。
2003
平成15年
5.11 端島砿閉山30年の集いが長崎市のセントヒル長崎にて行なわれ、おそらく今回が最後の集いになるだろうとの事。
6.19 台風6号の影響で、端島小中学校横護岸側船着き場の海中ブロックが大浪のため動き、船着き場辺りは、船の接岸が不可能となる。
8.- 特定非営利活動法人「軍艦島を世界遺産にする会」NPO認証。
12.14 野母崎町商工会青年部により、「軍艦島資料館」野母崎町の物産センター横にオープン。
2004
平成16年
5.- 「軍艦島を世界遺産にする会」、7月迄にのべ4回の受講で「軍艦島クルーズガイド」を養成。第一期生76名合格。
2005
平成17年
1.4 長崎市と旧6町(香焼町、伊王島町、高島町、野母崎町、外海町、三和町)は、「長崎地域合併協議会」での合併協議を経て合併。これに伴い、長崎県西彼杵郡高島町端島から、長崎市高島町端島となる。
6.30 長崎市が端島を遺構としての保存を検討する有識者検討委員会(軍艦島保存活用検討委員会)を発足。



参考文献
書物名等
編著者
「炭坑誌−長崎県石炭史年表」 前川雅夫
「軍艦島実測調査資料集」 阿久井喜孝 滋賀秀實
「軍艦島を世界遺産にする会」公式サイト
「軍艦島の遺産」 後藤惠之輔 坂本道徳
「長崎新聞」過去記事