西暦・年号 月日 事   項
1940
昭和15年
12.8 巨道実践自治委員会 結成 
  目的:炭坑の翼賛機関として隣組制度により労務者間の融和と社会労務者間の下情上通、上意下達の実をあげる 構成:全労武者で構成 委員は職場の中堅人物、アパートの隣組長、独身寮室長等 運営:毎月第一日曜、各寮別委員会、修養・娯楽の計画、仕事の研究 毎月18日は全島の委員会で翼賛会、職業指導所、陸海軍、学校より講師を招き講話
1941
昭和16年
2.7 長崎国民職業指導所の農閑期増産部隊 館内西彼杵郡44町村の各町村毎に、農閑期の出稼ぎ勧告協議会を行い、国家のため出動する様熱心に勧告した甲斐あり、7日、第一班として喜々津村青年団員12人端島へ出発 同村阿蘇神社で「喜々津村青年団代表として喧嘩口論せず、浪費せず、一億一心協力の誠を尽くし石炭増産に邁進すること」を誓い出発、3ヵ月寮生活が続き第二、第三班予定
4.8 傷害 加害者 公務係技手 被害者 労務係 口論からナイフで
6.18 長崎市の各商業組合、18日諏訪神社で報国隊結成式 物資不足で豆腐や3日に1度開店、菓子屋1日1時間開店、菓子屋、米、酒、豆腐、食料品店など約100人の希望者決定 20日端島へ
6.- 報国隊 長崎市内中小商工業者の中から希望者68人、石炭増産勤労報国隊組織 端島に送り4班にわけ10日ずつ就労 90日を終え1人前の労務者となり集団転業として注目 日給2円50銭位
9.19 傷害 坑夫同士 軽傷 馬鹿にされて斧で
12.8 高島とともに 1日分賃金1万余円を全額陸海軍へ献納 月収1人平均150円 昭16.4〜9(半年)の福岡監督局の出炭競争1位、出勤率92%
-.- 年産411100頓の最高出炭が記録される。
1942
昭和17年
5.- 厚相表彰(全国11人)掘進夫 土崎良雄(35) 島原から7年前入坑
6.29 墜落事故 死1 坑夫 斉藤清太(20) 午後10時、風道拡張作業中、吊梯子ロープ切断、35m坑底に墜落
10.末 皆勤運動 8〜10月の3ヶ月皆勤賞 坑内7、坑外24人
-.- 第2竪坑口、火災
1943
昭和18年
-.- 坑内労働時間制限令廃止、坑内勤務時間12〜15時間となる。  第2竪坑ロープ切断事故
1944
昭和19年
7.12 ガス突出 死5、2時端島坑第5番下左6クロスで発生 ガス噴出
-.- 報国寮(65号棟)建設
1945
昭和20年
-.- 二子発電所が米軍の爆撃をうけ、二坑底坑道まで水没
1946
昭和21年
5.- 新組合長選出で組合分裂 会社が谷口旧組合長を高島に転勤させようとしたため、転勤撤回と労務管理獲得をめざしスト 総同盟事務局の仲介で転勤 谷口は高島労組長安達治夫と対立し退社
9.9 労組長丸尾譲平、会社寄付の4万円のうち25,000円を拐帯逃亡
-.- 端島労働組合結成。 炭坑向け特別物資の配給きまる
1947
昭和22年
2.- 高島とともに 目標2万頓を1,500頓上回る(1、2月) 労組、目標500頓引き上げを申し入れ
-.- 社宅入舎当点数制度実施。  公衆電話架設
1948
昭和23年
1.7 長崎軍政府オズワルド教育官一行、端島を視察
10.18 端島・高島・崎戸・佐々 三菱鉱業(株)の各労組、闘争宣言
11.2 時間外スト 高島の2組合、全石炭高島支部と高島従組共闘  
11.4 妥結
12.12 病院看護婦の3交代制で団交
12.21 看護助手21人解雇
12.23 労組、無期スト 参加男1,743人、女204人
昭和24.1.14 地労委斡旋、解雇取消
妥結
-.- 高島、端島両鉱区に分割認可  人口4526人に急増
1949
昭和24年
4.18 会社は4月新賃金決定まで80%支払を通告
5.2 団交決裂
5.4 地労委、九全連と三菱鉱業九州監督交渉
妥結、100%支払
5.4 高島・端島・崎戸・佐々(三菱4山) 九全連、企業整備・4月新賃金・光熱費で無期限スト
6.14 風洞のパイプが半分閉まっており、照明、エンドレス、ポンプの電源切断(昭23.8 高島、昭24.5 崎戸に続くスト後の怪事件)
6.22 エアーバルブ閉塞、本卸軌道上に坑木3本
9.1 高島・端島・崎戸・佐々 賃上要求、難航し本社交渉
11.13 九全連、スト方針決定
10.30 高島・端島・崎戸・佐々 新賃金、退職手当で仮調印 会社は退手調印により定年55歳以上を解雇 高島123人、端島61人 高島、崎戸、端島は離島手当の調印拒否へ
-.- 高浜村立端島幼稚園発足(泉福寺利用)  「緑なき島」(松竹映画)で端島紹介
1951
昭和26年
11.14 ガス突出事故 突出ガス量約10万平方メートル
-.- 炭塵発生を抑制する炭壁注水、北炭夕張につづいて本格実施
1952
昭和27年
2.19 炭車事故 死1 暴走炭車に轢かれて 坑外運搬夫 山口進(19)
2.- 三菱三山 三長連、炭住要求 崎戸3,000戸不足593戸、高島1,140戸不足483戸、端島581不足287戸 不足家屋の建設費を本社の昭27年度予算計上に要請、本社は住宅建設委員会設置
12.7 落盤 死2 午前1時落盤4人生埋、40人出動し救助作業 午前3時半2人救出 午後1時半石本友明(20)死体発見 午後5時足立米喜(29)死体発見
1954
昭和29年
-.- 第1回ドルフィン桟橋完成  海底水道布設工事着工
1955
昭和30年
1.22 労働省、内閣賞勲局、120人の私企業に働く勤労者に黄綬褒章
吉田弥八(48)端島社宅 昭7〜掘進夫、昭20.8二子被爆、梯子でポンプを水から守り排水続行 昭27.11ガス粉炭突出、5人死、21人生き埋め、30%のガスの中を風管から21人救出
5.29 落盤 死3 傷1 
-.- 高浜村から高島町に編入



参考文献
書物名
編著者
「炭坑誌−長崎県石炭史年表」 前川雅夫
「軍艦島実測調査資料」 阿久井喜孝 滋賀秀實