朝日新聞 2005年5月22日
コスモス文学賞最優秀作 

全国規模の文学同人誌「コスモス文学の会」(事務局 長崎県長与町)が公募する第24回コスモス文学賞
現代詩部門の最優秀作に西東京市の日向香(本名・岩崎松子)さん(56)の「軍艦島の色」が選ばれた。
軍艦島で生まれ育った日向さんの心温まる軍艦島の思いが込められている。
7月には自伝的な長編詩「カンテラの詩」を発表する予定だ。

今後「軍艦島を世界遺産にする会」では日向さんとの連携で軍艦島(端島)への理解を深める為の
活動を約束しました。
第24回コスモス文学賞(現代詩部門)

               日向 香

     軍艦島の色


長崎県南部の西方の海に
 ポツンと浮かぶ小さな島
  端島 通称 軍艦島

人工桟橋を渡ってね
 トンネル抜けると
日本で最初に建てられた
 鉄筋コンクリートの
  社宅が並び建っていた

石炭産業の最盛期
 周囲1.2キロの
  小さな島に
人口密度5000人が
 住んでいた

行き交う船を眺めている
 炭坑ヤグラが
一年中休むことなく
 ガラゴロ ガタゴトと
  音をたて回っていた

命のカンテラ頭につけて
 黒いダイヤの石炭を
  命がけで掘っている
   おじさんたち

軍艦島の生活環境の色はね
楽しさ危険な色でした

おだやかな日々の中
 突然 鳴り出す
  炭鉱サイレン

裸足で飛びだす
 家族たち

こんな日の軍艦島は
 悲しみの色に染まるのです
炭鉱事故の安全保障は
 ないからね

何度となく行われた
 炭鉱葬
心にやきついて離れません

こんな日の軍艦島の色はね
ドシャブリ雨の色でした

年に一、二度の台風と
 炭鉱の事故さえなければ
  ここは楽園
   天国みたいな島でした

家賃十円 光熱費〇円
 お風呂代も〇円でした
神社の境内 社宅の屋上
 島の子供の遊び場です
日用雑貨や生活用品は
 お船が運んでくるのです
時化になったら困るけど
 こんな生活にも
いつしかみんな慣れました
 子供も大人も
  一つの輪になって
   軍艦島で生きてます
こんな日の軍艦島の色はね
燃える夕焼けの色でした

今日は島の神社の
 お祭りです
獅子舞 踊りに
 仮装行列
一等賞はどこの棟

ピーヒャラ ドンドン
 祭りだ 祭りだ
酔いどれ おじさん
 スッテン コロリ
おじさんのお鼻がね
 真っ赤なお鼻になりました
踊れや 歌えや
 テンツク テンテン
島の人々 楽しそう

こんな日の軍艦島の色はね
楽しい思い出の色でした

輝く夏の花火大会
 打ち上げ花火に
  仕掛け花火

中央通りを中心に
 精霊舟が並びます
  浴衣姿に身を包み
大人も子供も願いは一つ
 安全と幸せを願ってね
  島から海へと流します

酔いどれ大人の男たち
 盆踊りの輪に入って
  ヨロヨロしながら
   踊ってます

この日の軍艦島の色はね
ほほ笑み半分の色でした

夏の季節の台風一過
 あらあらあらら
島の堤防 破壊して
 堤防近くの
  お店がね
ブクブクブクと
 海の中
お店の中は
 水だらけ
きずいた時には
 品物全部
  だめでした

悲しみこらえて店の人
 明日に向かって
  ダッシューです

この日の軍艦島の色はね
ごめんね!自然に負けての色でした

夏のバカンス
 海水浴
ポンポン船に乗って
 島の人々でかけます

高浜 野母崎 脇岬
 心うきうき太陽さん
明日の悲しみなんのその
 輝く太陽 海の中
みんなの心も光っている
 砂浜 かけっこ白い色

小浜のジュ−タン
 歌ってます

この日の軍艦島の色はね
幸せ願う色でした

歴史を創った
 軍艦島の思いでは
  島のみんなの宝箱

明日の笑顔を詰めこんで
 元気に生きていくのです

あの子もこの子も
 端島っ子

軍艦島の思い出は
 去りし人の心の中に
  今もずっと残っています

島を去る人
 愛しむ人

この日の軍艦島の色はね
悲しみ いっぱいの色でした

軍艦島の思い出は
 優しく包む色でした

楽しさ ほほ笑む
 ピンク色

明日の幸せ
 グリン色

昭和四十九年一月に
 軍艦島の炭鉱は
  閉山したのです
四月になったら
 軍艦島は無人島になりました

永い歴史のこの島は
 永遠の色で今は
海の中に浮かんでいます