誰が言い出したのか長崎県端島には「軍艦島」という俗名がついている。なるほど軍艦土佐に似ているし、何よりも大日本帝国の力の象徴でもあったろう。日本のエネルギー政策の急先鋒として石炭を生産し続け、生産の拡大に伴って坑道は広がり人口は増え続けた。人口増加にしたがって島には高層建築が立てられ、何度かの埋め立てで島はパッチワーク
のように二重三重の岸壁で仕切られた。島の周囲1,200m、東京の9倍の人口密度、自家発電、島外からの水供給、黒いダイヤ(石炭)による高給、病院、学校、映画館、ダンスホールまであって、一つの閉じたシステムであった。
しかし、現在は・・・一言で言えば「ぐちゃぐちゃ」。さながら無秩序に建てられた継ぎ接ぎ住宅は海上のラビリンス(迷宮)である。それが廃坑30余年を経て混沌とした廃墟となり、人々が去った後には家具や建具が散乱し、鉄部は錆落ち、床が抜け、天井が落ちている。その光景は、もう、絶句し、目を覆っても余りある。死と恐怖と腐敗の巨大な塊りである。
軍艦島の崩壊はこのところ急激にそのスピードを速めているという。心ない侵入者による
略奪と破壊がその一因だが、それ以上に軍艦島が瓦解してゆくスピードには意味があるように思える。なぜなら、同時期に建てられた多くの高層住宅が今も使用され続けているという事実があるからだ。建築基準法が及ばなかったことや直接的な潮風の影響などを差し引いても倒壊の痛ましさを十分に語ることはできない。
これもまた、エントロピーなのか。エントロピーの法則とは熱力学の第二法則で、全てのものは無秩序に向かって進行する、というものである。この法則は情報量の式の逆数であり、全てのものは情報を失って無に帰すると言い換えても差し支えない。差し詰め軍艦島は壮大なエントロピーの実験場というところか・・。
ひとは「人が住まなくなった家はす
ぐ壊れる」という。事実、空き家はすぐ朽ち果てる。「日々の修理・修繕がゆきとどかないから」。「風が入らないから」・・・とった理由がまことしやかに言われる。しかし、軍艦島を見た者は徹底的な崩壊の理由がもっと別のところ、もっと根本的で中心的な原因があることをはっきりと突きつけられる。
「死」なのだ! 滅び行くものに美などない。醜く腐敗した、悪臭がただよう妖しさだけである。その妖しさを美と勘違いしてはならない。その怪しさに郷愁を抱いてはならない。軍艦島は訪れる者に「死」の意味を問いかけているのだ。そう、廃墟が語るものは「死」の向う側にある「生」の意味そのものなのである。
機械に代表される「死んだシステム」とは、目的が一つであり、完璧を要求され、出来上がった時が最も完全であり、時間がたつにつれて磨耗し破損し崩壊してゆく。それに対して「生きたシステム」とは、目的が複数あり、不完全で、時間がたつにつれ成長し、子孫を増やし、進化する。生きたシステムには部分と全体があり、相互に依存しあっている。にもかかわらず、部分の目的と全体の目的は相互に矛盾し合うのだ。互いに離れられないのに葛藤する。だから不完全だし、だから成長の余地があるのだ。
「島から人が消えたとき軍艦島は死んだのだ」というのは簡単である。しかし、その答えは崩壊のスピードを説明するものではない。かつて軍艦島が生きていたとき、それは
そこに住む人々が生きていただけでなく、石炭も、工場も、高層住宅も、茶碗一つ、箸の一本まで「生きていた」のである。それらが相互に依存しあい、互いの生きる意味を確かめ合っていたのである。
生きる意味を見失ったのは人間だけではない。軍艦島に取り残された体育館も手術台もテレビも高層住宅も生きる意味を見出せなくなったのだ。それらに心はない。しかし、それら自身の意味がなくなったとき、それらは死に、ただ一つ、崩壊だけが目的となってしまった。生きていたころの日々が華やかであればあるほど、その死は醜い。
生物だけが生き物なのではない。人工物
や路傍の石さえも人と関われば生きる意味を見出し、廃棄されればたちどころに死んでしまう。軍艦島崩壊の速さはそれを語ることのできないモノ達の声なき声なのである。