炭鉱遺跡巡る「博物圏」を 軍艦島の活用探る 高島町でシンポ   西日本新聞11月1日朝刊より抜粋



 高島町端島(通称・軍艦島)を産業遺産や観光資源として活用する方策を探るシンポジウム「軍艦島の明日を考える」(西日本新聞社など後援)が三十一日、同町のふれあいセンターであり、参加者からは「高島や伊王島といった県内の炭鉱遺跡の島々を巡る博物圏の構築を」などの提言が相次いだ。

 産業考古学に詳しい長崎大学大学院の後藤恵之輔教授が「軍艦島の学術的価値と今後への活用」と題し基調講演。島の周囲の護岸や建物が崩れかけているとの調査結果を報告し、「崩壊を食い止めるには行政の協力が不可欠」と訴えた。

 行政や研究者、県観光連盟関係者ら七人が討議するパネルディスカッションも開催。「観光客が上陸できるようにしてはどうか」との提案があり、豊田定光町長は安全確保が難しく、トイレ、水、電気がないなどの課題を指摘。これを受けて「上陸用の船の設備を充実させるなどして解決してほしい」など観光資源として生かすための取り組みを求める意見が聞かれた。

 一方、都市経済研究家の加藤康子さんは端島の世界遺産登録を目指す動きを踏まえ、「公害や事故など負の遺産を含め、日本が急速に近代化した秘密を端島から世界に発信することで、地域の活性化につなげるべきだ」と強調した。

高島町で軍艦島シンポジウム     読売新聞11月1日朝刊より抜粋

 高島町の「軍艦島」(正式名・端島)の活用方法を考えるシンポジウムが三十一日、同町で開かれた。町内外から約百五十人が参加し、パネリストの意見に熱心に聞き入った。

 最初に、軍艦島の調査をしている後藤恵之輔・長崎大大学院教授が「軍艦島の学術的価値と今後への活用」と題して基調講演。鉄筋高層住宅屋上の菜園が気温を下げる役割を果たしていたことや、住民が密につながっていた当時の生活などについて話した。

 続いてのパネルディスカッションでは、後藤教授がコーディネーターを務め、豊田定光・高島町長や「軍艦島を世界遺産にする会」の坂本道徳理事長ら六人のパネリストが「軍艦島の明日を考える」をテーマに、盛んに意見を出し合った。

 県観光連盟の相原勝義・国内誘致部長は「島を見せるだけでなく、元住民に話をしてもらったり、交通手段を整備したりすることが必要」と観光面での改善点を指摘。都市経済研究家の加藤康子さんは「軍艦島だけでなく、九州全体の産業遺産をまとめて世界遺産にしてもいいのでは」と提案した。

軍艦島の保存活用を 高島でシンポジウム    長崎新聞11月1日朝刊より抜粋

 かつて炭鉱の島として栄え、軍艦島の異名を持つ「端島」(西彼高島町)の保存を考え、世界遺産の登録を目指す「軍艦島シンポジウム」が31日、高島町で開かれた。

 軍艦島では1890―1974年に三菱鉱業(現三菱マテリアル)が炭鉱を経営。明治時代の軍艦に似た外観から「軍艦島」と呼ばれ、日本初の鉄筋高層アパートが建てられたことでも知られる。島は30年前に閉山してから廃虚となっているが、産業遺産として見直されつつある。

 長崎大大学院の後藤恵之輔教授(土木工学)は10月中旬に行った調査結果を報告。「度重なる台風で地盤が流出し、一部の建物はいつ壊れてもおかしくない危険な状態。行政に保存を働き掛けなくてはならない」と述べた。
10月31日(日)
軍艦島シンポジウム